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最高裁判所第三小法廷 昭和25年(れ)345号 判決 1950年6月20日

主文

本件上告を棄却する。

理由

各弁護人の上告趣旨はいづれも末尾添附別紙記載の通りでありこれに対する当裁判所の判断は次ぎの如くである。

弁護人宍道進の上告趣旨第一及第二点について。

本件逮捕状請求書に被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる充分な理由として「被害者の届出、被疑者の自供並に犯行時の着衣、人相に一致しあり充分なり」と書いてあって、所論の様に「被疑者の自供」が挙げてあり且その自供が逮捕後のものであることは記録によって一応認められる。しかしこれが故に直ちに逮捕及び逮捕状を無効のものとすることは出来ない。蓋緊急逮捕そのものの適法性は緊急逮捕の時において存して居ればいいのであって、本件では逮捕手続書の記載と、それ以前即ち昭和二三年七月九日に作成された被害者西村トラヱの訊問調書によれば巡査において被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる充分な理由ありと判断したことは一応肯定されるところであり、又逮捕状請求書に「被疑者の自供」の記載が無かったとしてもその他の記載(前記)「被害者の届出、犯行時の着衣、人相の一致」ということにより逮捕の理由のあることは一応肯定され逮捕状は発せられたであろうと判断されるからである。従って本件逮捕の無効を前提とする論旨は其前提を欠くもので憲法の問題では無く、理由がない(昭和二三年(れ)第一九四三号事件同二五年四月二六日言渡当裁判所大法廷参照)。

同第三点について。

原審は第二回公判において弁護人申請の岡野国一を留保し第三回公判において採用喚問の決定をし第四回公判において、訊問している。そして調書の中には、国一と書いてあるが宣誓書及び日当旅費請求書には、訓和となっていること所論のとおりである。しかし(一)岡野は同日訊問された平尾光男の証言にも出ているように、通称「クニカズ」というので四月九日夜平尾方に被告人と一緒に飮食に行ったかどうかについて喚問されたもので弁護人も国一として申請し裁判所も国一として喚問の決定をし、召喚状もそれで送達され(二)訊問の際被告人もまた弁護人も同一人ではない等と異議を申立ててはいない。そして(三)「クニカズ」と読まれることは国一も訓和も変りはなく尚(四)岡野は第一審第五回公判においても国一として証人として採用されたが当時行方不明のため姉の岡野敏子が在廷証人として訊問されたことがあり右敏子は住所は和歌山市西藏前町二五番地で国一は弟であるとのべて居り証人の日当旅費請求書に記載された住所も同所である。以上の事実により国一と訓和とは同一人であること明であり従って論旨は理由がない。

同第四点について。

前提たる第三点が理由ないから、この第四点も失当である。のみならず、各証人の供述記載は切りはなし得るもので一が効力がないからといって他も効力を失わなければならない理由はない。

同第五点について。

起訴状には所論二百円交付の事実については「………小遣銭を要求し同人より二百円の交付を受けたるも少額なるため、なほも要求し之を拒否せらるるや強盗を為さんことを企図し」とあって強盗の犯意の生ずる前のこととして記載されているから起訴状においては之を罪と考へなかったものというべく原判決の判示はこれと同様であるから同じく犯罪事実として認めたものではないことがわかる。従って、法令の適用を示さない違法があるとはいえない。

同第六点について。

公判調書に公開を禁じた旨の記載がない限り、公判は、公開法廷で行われたものと認めることができること当裁判所大法廷の判例とする処である(昭和二二年(れ)第二一九号事件、同二三年六月一四日大法廷判決)。強姦事件だからといって所論の様に特別に考えるべきものではない。従って論旨は理由がない。

弁護人鍛冶利一、同中谷義衛の上告趣意第一点について。

原審は、被告人が拷問による自白だと主張したので、一審において、檢事の申請により第三回と第六回の二回に亘り、刑事巡査上尾博を調べている以外に、同じく檢事の申請により、当時の刑事巡査谷勝次をも第三回公判において訊問しているのである。そして原判決が右主張を排斥するについて挙げている(一)(二)(三)の証拠によれば、被告人の主張の理由のないことが肯認される。従って論旨は前提たる事実を欠くものというの外なく理由がない。

同第二点について。

原審第二回公判において被告人が警察に行ったのは、午後二時頃で、白状したのは三時間位してからですから午後五時頃だと思ひますと述べていることは事実であるが、原審は午後五時頃という点を重視措信し他の二証拠と合せて判断したので、採証の法則違反はない。

同第三第四及第五点について。

論旨の問題とする諸点は、いづれも第一審判決において、無罪の理由として挙げられた不一致の点で原判決の詳細な理由を附してその重視すべきものでない所以を説明し反駁したところであり、原判決のように解釈することも可能であるから、これ等を捉えて理由そごということは出来ない。矛盾する証拠を沢山羅列したにとどまる場合には所論のような問題も生ずるであろうが、その思考推理の過程を特に説明し、その説明が経驗則に反していないときは違法ではない。論旨は結局原審の事実の認定を非難するもので理由がない。

同第六点について。

原審は、更新前の第三回公判において被告人の母小松サヨを証人として訊問している。そしてその中に論旨引用のような供述部分があることは事実であるがそれは四四〇丁であって原判決の証拠としたのは四四一丁の供述でありその中に原判決引用の様な供述記載がある。其故所論は失当である。

同第七点について。

1原判決に「原審証人中村祐三に対する証人訊問調書(記録四百丁)中」とあるは、四〇〇丁という丁数とその四〇〇丁に原判決引用の供述があることに照し「当審証人中村祐三に対する証人訊問調書」(昨年五月二三日和歌山地裁に出張訊問)の誤記であること明白である。(中村祐三は、第一審第二回公判においても証人として訊問されているが左様なズボンに関する問答はない。

2「中村祐三に対する檢事の聴取書(記録二百十八丁)」というのは二四一丁以下に同人に対する檢事の聴取書がありその二四八丁に引用のような供述があるからこれも丁数の誤記なること明白である。従って論旨は採用に価しない。

同第八点について。

被害者から金を強奪したという点に関する限りは一致しているのであり事件全体に対し有する意味からいっても左様な二つの証拠を綜合して原判決のように「同女の反抗を抑壓した上同女所有の現金二千二百五十円を強取した」という事実を認定することは実驗則に反するものとはいえない。本論旨も結局原審の事実認定に対する非難で上告適法の理由とならない。

よって上告を理由なしとし旧刑訴四四六条に従って主文の如く判決する。

以上は当小法廷裁判官全員一致の意見である。

(裁判長裁判官 長谷川太一郎 裁判官 井上 登 裁判官 島 保 裁判官 河村又介 裁判官 穂積重遠)

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